東京地方裁判所 平成2年(ル)5269号 決定 1991年9月06日
債権者
小澤敏彦
債務者
安田千恵子(債務名義上の氏名 土田千恵子)
第三債務者
国
主文
一 債権者の本件差押え及び転付命令の申立てをいずれも却下する。
二 申立費用は債権者の負担とする。
理由
一債権者の申立て
本件は、金銭を目的として弁済供託された供託金取戻請求権について、差押え及び転付命令の申立てがされた事件である。
債権者と債務者は、昭和六三年一一月四日、債権者を賃貸人、債務者を賃借人として、建物の賃貸借契約を締結し、昭和六三年一一月三〇日、その旨の建物賃貸借契約公正証書が作成されているところ、平成二年一二月一四日、債務者は、債権者の受領拒絶を理由として、平成三年一月分の賃料を供託した。
債権者は、別紙請求債権目録記載の、当該建物賃貸借契約公正証書に記載された債務者に対する平成二年五月分の賃料債権及びこれに対する遅延損害金を請求債権とし、別紙差押債権目録記載の、前記平成三年一月分の賃料の弁済供託についての債務者の供託金取戻請求権を差押債権として、差押え及び転付命令の申立てをしている。
二当裁判所の判断
民法は、債務者が、同一の債権者に対して同種の目的を有する数個の債務を負担する場合や、一個の債務の弁済として数個の給付をすべき場合に、弁済として提供した給付がその負担する債務全部を消滅せしめるに足りないときは、債務者は、その給付のときにその弁済を充当すべき債務を指定する権利を認めている(民法四八八条一項)。そして、弁済供託においては、供託書に供託の原因たる事実の表示として供託により満足を受けるべき債権の内容を記載することによって、その指定権が行使される。したがって、債務者による弁済供託においてその供託物還付請求権者であるとされた者が、債務者の供託物取戻請求権を差し押さえることは、債務者の上記弁済充当の指定権を侵害することになり、許されないというべきである。
本件では、賃借人である債務者において、ある特定の期間の賃料債務の弁済に充当すべきことを指定して当該弁済供託をしているのであり、賃貸人である債権者が、他の期間の賃料債権に基づき、当該供託金取戻請求権に対し差押え及び転付命令を得て、自ら供託金の取戻しを行い、これにより同債権の満足を得ることを認めることは、債務者の弁済供託の効果を覆す結果となり、民法の弁済供託の規定に反することが明らかである。
以上のとおりであって、債権者の本件各申立ては、不適法であることが明らかであり、却下を免れない。
(裁判官岩木宰)
別紙請求債権目録
1 金六六、九八七円也
但し、東京法務局所属公証人林修作成の昭和六三年第三〇二〇号建物賃貸借契約公正証書の執行力のある正本に基づく平成二年五月分の内金賃料六四、四六七円及びこれに対する平成二年一一月一日から平成二年一二月二六日迄の日歩七銭の割合による損害金二、五二〇円
2 金六、二五〇円
(1) 本件申立書提出費用 四一〇円
(2) 上記書記料、印紙代 三、四五〇円
(3) 送達費用並びに送達証明料二、三九〇円
合計七三、二三七円也
別紙差押債権目録
金七三、二三七円也
但し、債務者が第三債務者に対して有する平成二年一二月一四日受付東京法務局平成二年度金第一〇〇九五四号をもって東京法務局へ弁済供託した取戻請求権のうち頭書の金額に充つる迄
なお、供託金額は金三一九、三〇〇円である。